辞書を引いて英訳した単語が、海外では異なって解釈されていることがよくあります。当シリーズでは英語、日本語両方を熟知し、多数の英語書籍を出版しているデイビッド・セインさんが言葉の意味や用法、また文化背景について解説します。
第24回は「生前退位」「即位」の英訳にチャレンジします。 |
いよいよ新しい時代のはじまりです。
天皇陛下が生前退位し、元号が変わるという歴史に残る出来事を、日本で経験できるとは思ってもみませんでした。今回は、そんな「今ならではの表現」を英語にしたいと思います。
「生前退位」を英語にすると?
今回の生前退位は、近代では初めてのことだそうです。昭和天皇が亡くなられた時、すでに私は日本にいました。昭和から平成への変遷は、あまり時間がなかったこともあり、駆け足の印象があります。
しかし今回は、あらかじめ時間をかけての御代替わりです。そのため私たちも、じっくりと平成を慈しみ、次なる令和を迎え入れる準備ができたように思います。
外国人には、なかなか日本の天皇制が理解できません。御代替わりを説明する機会はそうないでしょうから、ぜひ新聞やニュースで気になった表現を英訳してみてください。
「生前退位する」は、法律的な言葉で表すとabdicateです。しかしこの言葉はネイティブでもそう馴染みがないため、「身を引く、引退する」を意味するstep down、またはstand downを使って説明してもいいでしょう。
では、外国人に説明するつもりで、以下の文章を英訳してください。
(1) ほとんどの人が天皇陛下の生前退位の御意向を支持しています。
(2) 明仁天皇は、約200年ぶりに生前退位なさる天皇となります。 (3) 天皇陛下は4月30日に、その時代に幕を下ろします。 |
「敬語表現をいかに訳すか」がポイントになるかもしれません。今回はフォーマルな表現を心がけましょう。私なら次のように訳します。
(1) Most support the emperor’s desire to abdicate.
(2) Emperor Akihito will be the first emperor to abdicate in about 200 years. (3) The Emperor will end his reign on April 30. |
the first emperor to … in about 200 years で「約200年ではじめて〜なさる天皇」、つまり「約200年ぶりに…なさる天皇」と歴史的なできごとであることを表現できます。
reignは「治世」でend one’s reignで「その治世を終える」となります。
「生前退位」はabdicateの名詞形abdicationになります。
退位後の称号として、天皇陛下は上皇(His Majesty the Emperor Emeritus)に、皇后陛下は上皇后(Her Majesty the Empress Emerita)になられることが発表されました。Emeritusとは「名誉退職の」といった意味を持つラテン語由来の言葉で、皇后陛下のEmeritaはその女性形です。
では、これらを説明する際どのように表現すればいいでしょうか?
(4) 明治以降ではじめて生前退位される天皇陛下となる。
(5) 新しい称号は上皇となる。 (6) 皇后さまは上皇后となられる。 |
先ほどの英語での称号を使って英訳しましょう。
(4) He will be the first emperor to abdicate since the Meiji Period.
(5) His new title will be His Majesty the Emperor Emeritus. (6) The Empress will be known as Her Majesty the Empress Emerita. |
HeやHisという代名詞を使うことを躊躇する人もいるでしょうが、英語ではそれが普通ですから安心してください。イギリスのエリザベス女王ももちろん、代名詞で表現します。称号の英訳に迷うかもしれませんが、titleで大丈夫です。
「即位」を英語にすると?
では、次に「即位」を英訳してみましょう。名詞の「即位」はenthronement で、動詞の「即位する」はenthrone です。これは王位や司教などに就く際と、同様の表現を用いるといいでしょう。
(7) 皇太子さまが天皇陛下に即位され、新しい元号に変わる。 |
「皇太子」「元号」をどう表現すればいいでしょう?
(7) The Crown Prince will be enthroned as the Emperor and a new era will begin. |
crown princeで「王子、皇子」ですから、皇太子さまにもこの表現を用います。また「天皇陛下に即位される」となるので受動態を使います。
「元号」をきちんと説明するのは難しいので、思い切ってnew era will begin(新しい時代が始まる)と言い換えてしまうといいでしょう。
今年はラグビーのワールドカップが、そして来年はオリンピックが開催されます。
世界が日本に注目するまたとない機会ですから、ぜひ日本ならではの制度を、正しい英語で説明できるようになってください。