辞書を引いて英訳した単語が、海外では異なって解釈されていることがよくあります。当シリーズでは英語、日本語両方を熟知し、多数の英語書籍を出版しているデイビッド・セインさんが言葉の意味や用法、また文化背景について解説します。
第6回は「衆議院選挙で禊(みそぎ)をすませる」です。 |
日本人の道徳観を表す言葉「禊」
今回は、選挙でよく耳にする言葉「禊(みそぎ)をすませる」を取り上げましょう。
そもそも「禊」は神道用語で、自らの身に罪や穢れがある場合、また神事に従う者が、川や海、滝などの水で洗い清めることを言います。日本人の宗教観に根ざした、日本独特の表現といえるでしょう。
和英辞書ではa purification ceremony(清めの儀式) や (ritual) ablutions([宗教的な]沐浴の儀式)などと紹介されていますが、ablutions([宗教的な]沐浴)はネイティブにも馴染みのない言葉です。そのため、We do ablutions.と言ってもうまく伝わりません。
次のようにやや説明的に表現すれば、どのようなものかイメージできるでしょう。
We have a custom of doing meditate in a freezing cold waterfall to purify our minds and bodies.
(心と体を清めるために、凍るほど冷たい滝で黙想する習慣があります)
政治家の「禊をすませる」は?
一方、メディアでよく使われる「禊をすませる」は、キリスト教でいう「贖罪」や「罪滅ぼし」に近い言葉で、主に「自らの犯した罪や過ちを償うこと」を指します。
不倫や汚職、暴言などで糾弾された政治家や芸能人が「禊をすませる」と口にしますが、これは宗教的な表現を借りた非常に持って回った言い回しで、本当なら「不倫をしたことを認め、その罪を償いました」と言うべきでないかと思うのは、私が外国人だからでしょうか?
何はともあれ、英訳する場合は具体的な言葉を使うといいでしょう。私なら次のように表現します。
She hopes to wipe the slate clean in the next House of Representatives election.
(彼女は次の衆議院選挙で禊をすませようとしている)
The Prime Minister believes his win proves that he has already absolved himself of past mistakes.
(首相はすでに禊はすんだと考えている)
She feels that the election has wiped her slate clean, but there is a chance that she still might be arrested.
(彼女は選挙で禊をすませたと思っているが、まだ逮捕の可能性がある)
他に次のような言い回しも、状況により使えるでしょう。
purge oneself of one’s sins(罪を贖う)
repent of one’s sins(罪を悔い改める)
redeem oneself(償う)
begin with a clean slate([過去を清算して]新しく出直す)
make a clean start(心機一転する、人生をやり直す)
exonerate oneself(身の証を立てる)
offer a mea culpa(罪や過ちを認める)
※ mea culpa ラテン語。英語表現では”through my fault”となり、「誤りや罪を認めること」を意味します。
そもそも日本語と英語では、文化的・宗教的な背景が異なるのですから、難しい表現こそ、わかりやすい言葉に言い換えることが大事です。